みなさんこんにちは!ふりかけです♪
前回、視聴者にアクションを求めるって違和感あるよねっていうことを書きました。

今回はその続きのお話です。自分への戒めとしての今の気持ち。
視聴者の中でも見てくれている人はちゃんと見てくれてる。
動画を作ってお金をもらうとなんだか仕事をした気分になる。
だから視聴者をビジネス相手と思ってしまう。
動画の企画もよりたくさんの人にウケるように、再生数が回ったらニーズを満たせたと思ってしまう。
でもそもそもは自分がやりたくて始めた動画投稿。
それなのに視聴者に何を求めるんだろう。
自分へ矢印の方向を向けて承認欲求を満たそうとすると、ニーズに関係のないvlogとか撮っちゃう。
そういうvlogを発信してるかしてないかでその人がどういうスタンスで動画撮ってるのかが分かると思う。
持ってる物自慢だったり見せたい自分を過剰に意識してたりするとそれはもう黒。
健全なsnsの使い方をしてない。私ですね。
また白黒ジャッジしちゃった👉👈

人間誰にでも承認欲求はあると思う。
ただそれを視聴者に向かって要求しながら満たそうとするのは違うのかな、と気づかせてもらった。
「動画見せて欲しいならみんな再生数回してね」って、言いたいことはめっちゃめっちゃ分かる。けれど、そんなに発信者側が偉いわけでもない。
昨今「発信してアウトプットすることが大事」みたいな風潮あるけれど別に発信しなくても幸せに生きていけるとわたしは思う。
むしろ発信する側に立つとどうしても人の目を気にしたり目の前の現実に集中できなかったりすることの方が多いと思う。
発信者だから偉いわけでもなんでもない。
わたしこの部分を今までちゃんと分かっていなかった。
だから、「私の『好き』や『心地よさ』はこれです。もしあなたもこれが好きなら、一緒にこの空間を楽しみませんか?」というスタンスでいる。
視聴者は自分の見たいもの(それは癒やしだったり共感だったり)として受け取れる。
この交差点を探し続けていくクリエイターでいたいんだ。
これからも未熟すぎるhurikake.が動画に登場するけれど、精進します🦍💨💨
今日もみなさまにとってステーキな1日になりますように✨
じゃあまたね〜👋
hurikake.のオフィシャルブログをもっと見る
購読すると最新の投稿がメールで送信されます。
コメント